スト2の登場とプレーできる場所を求めてさまよってた小学生時代の話

ハイスコアガールの1話では小学6年生の主人公ハルオと、クラスメイトの女子の大野がゲームセンターで対戦するところから話がはじまる。
僕も同世代なのでこのシーンを見ていて思い出すんだけど、当時のゲーセンは小学生が気軽に行ける場所ではなかった。

学校からは不良のたまり場扱いとされ、特に夏休みなどの長い休みのときは絶対に行くなとプリントで連絡までされていた。

なので僕たち小学生は、ゲーセン以外でアーケードゲームが出来る場所を探しまくっていた。
先生達にしてみたら「ゲーム筐体がある場所=不良のたまり場」みたいな考えを持っていて、実際にはそういう場所も行ってほしくなかったんだろうけど、僕たちは「あれゲーセンちゃうし」の一言で先生をスルーしまくってた。


ゲーセン以外でゲームが出来る場所っていうのは当時沢山あった。
2018年の今はゲーセンにさえアーケード筐体を置いてるところが少ないし、それを思うと当時はアーケードゲームブームだったんだなってあらためて思う。

代表的だったのが駄菓子屋。
ちびまる子ちゃんに出てきそうな10円20円のお菓子を売っているお店に、だいたい1台ぐらいは筐体が置かれていた。
スト2も置かれていたけど、筐体はちいさいから対戦よりもCPUを代わりばんこにやってた。
小学生時代の僕にとってスト2はCPU戦を楽しむものだった。


駄菓子屋なので小さい子もいれば中学生ぐらいの人もくる。
やっぱり年上のほうが上手いので、中学生の人がスト2を勝ち進めて四天王まで行ってるのをみると「すごいなー」ってなった。
プレーしてる側も優越感があっただろうし、下手な人は上手い人のプレーを見ながら真似して上手くなっていったもんだった。

ただCPU戦をやるっていうことは1人あたりのプレー時間が長くなるということ。
だから駄菓子屋以外でもスト2をプレーできる場所を探して、みんなで情報交換して自転車でいろんなところに行きまくってた。

隣町の駄菓子屋、銭湯のゲームコーナー、レンタルビデオ屋の片隅、ショッピングセンターの屋上、なぜか本屋など・・・いたるところに筐体が設置されてた。
人が少ないところを見つけるとヒーローになるけど、少しずつ存在がばれて人が増えてくる。
そうなるとまた新しいお店を探してた。


当時はファミコンもスーファミもあって家でもゲームはプレーできていたけど、アーケードゲームって言うのは特別な存在だった。

ちょっと悪いことをしているような、非日常的な感じの、ごく身近で感じられる遊園地っていうような不思議な感じだった。

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