『人は皆、自分ひとりの力で生き、自分ひとりの力で成長していくものだ』新世紀エヴァンゲリオン碇ゲンドウの台詞より

みっきぃです。
エヴァンゲリオンの漫画版を読み返してるんですけど、ゲンドウの台詞が胸に刺さったのでその件で話をしたいなと。
エヴァって読むとき、観るときの年齢によって感じ方違うのかなとか思います。
いまはゲンドウに感情移入する年齢になったかぼく、って感じです。

碇ゲンドウ
『人は皆
自分ひとりの力で生き
自分ひとりの力で
成長していくものだ

親を必要とするのは赤ン坊だけだ

そしておまえはもう赤ン坊ではないはずだ

自分の足で地に立って歩け

私自身もそうして来た』
新世紀エヴァンゲリオン5巻より

これはゲンドウの台詞で、妻ユイの命日に墓標の前でシンジと話した言葉です。
この頃のシンジは父親であるゲンドウのことが常に頭にあって、父親に認められたいっていう承認欲求が行動に現れてます。

ゲンドウはそのシンジの承認欲求を感じ取って、こんな台詞を言ったんじゃないでしょうか。

自分ひとりの力で生き、自分ひとりの力で成長していくものだ

ゲンドウがそのときのシンジに対してどういう想いを持っていたかは色々意見がありますが、少なくともゲンドウはシンジに独り立ちするべきだし、一人の力でもっと成長する必要があるという意味でこの言葉を発したのは間違いないです。

幼い頃に母親を亡くし、父親は仕事一筋になって離れ離れになったシンジにとっては親はまだ必要な存在なんだと思います。
14歳ですからね。

だけどこれから大人になるにあたって、シンジは親の気を引こうとしている場合じゃないし、自分ひとりで成長していなかければなりません。
承認を得るために行動するとかじゃなく、承認を得るために成長するとかじゃなくて、自分ひとりで自分のために強くなっていかなければならない。

ゲンドウ自身もそうしてきて、この言葉が出たと。

自分ひとりの力で生きるということ

赤ン坊のときは本当に一人ではなにもできないし、助けがなければすぐに死んでしまいます。
でも、成長する過程で少しずつ一人でできることが増えていきます。

これは無力な状態から抜け出たいっていうみんなが持つ欲求『優越性の追及』です。

小さい子どもが身近に居る人なら分かると思いますけど、成長する過程であれをやりたい、これをやりたいみたいに色んな事をするようになるんですよね。
できないことをやろうとする欲求が出てくるわけです。

でも、歳を重ねると徐々に人に甘えたくなってきます。
誰かの助けを求めるし、誰かの承認を求めて行動してしまう。

本当は、成長する過程で誰かを助ける側の立場にならないとダメで、助ける側の立場になるなら自分自身の足で地に立って歩かないとだめになるわけです。

シンジに限らず、何歳になっても自分ひとりの力で成長しようとしない人っていうのはたくさんいます。
ただそう人は自分の力で成長していないから上手く行かないことがあると「周りが悪い」と言い訳してしまう。

誰かを助けたければ、自分の足で地に立って歩けるようにならなければなりません。

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